「戦場の科学」勝利へのアルゴリズム 12月8日発売

代表 菊地英宏が執筆した「戦場の科学」勝利へのアルゴリズムが12月8日にはるかぜ書房より発売となりました。12月13日現在、はるかぜ書房のサイトにて直販、アマゾンにて販売中です。順次全国書店にて発売となります。

軍拡に関する数理モデル、投入した工業力と時間による戦力のベンチマークの方法。それにより、導かれる時間効果。戦闘の定量的なシミュレーションの基礎となるランチェスター第二法則の微分方程式を導く原理。ランチェスター第二法則の微分方程式から戦力の二乗則を導く方法。ランチェスター第二法則に工業力(軍事生産力)との相互作用を導入する方法。現有戦力と工業力のどちらがより価値を持つのか、数値解析を行い示している。さらに、戦力投射と戦力密度の関係性。領土拡大の限界の計算方法。戦争のコンピュータシミュレーションの方法。開戦後の工業力の増加現象に対応する数理モデル。国家の意思決定に対する数理モデルによる科学的アシストの方法。確率統計の考え方を作戦立案に応用する方法。平和構築のために軍備を適正量に管理するする方法など、そのカバーする軍事科学の領域は多岐にわたる。本書の内容は、具体的かつ、数式を使った定量的なものに終始しているが、その目的は、平和を構築し、維持し、戦争が起きた際も人命の損失を極力抑えることにある。そのために、敢えて定量的な分析を徹底的に行っている。

まえがき
目次
第1 部 戦力の効果的な行使法
 第1 章 戦力の稼動率を上げるために……14
 第2 章 目標決定の方法(目標設定の順序性)……33
 第3 章 戦力の集中と分散の利用……44
第2 部 戦争設計と方程式 (工業力の導入)
 第4 章 戦争の数学的設計……64
 第5 章 戦争の基本方程式の応用……82
第3 部 さらなる発展
 第6 章 リソース投入関数の導入と
微分方程式による国家の意思決定 ……98
 第7 章 作戦立案と確率論……109
 第8 章 形作る者が勝利を手にする…….114
 第9 章 平和構築の科学理論……117
二枚の表紙の狭間で
あとがき

版元 はるかぜ書房の紹介ページ (直販もしております。)http://www.harukazeshobo.com/%E3%80%90%E6%96%B0%E5%88%8A%E3%80%91%E8%8F%8A%E5%9C%B0%E8%8B%B1%E5%AE%8F%E3%80%8E%E6%88%A6%E5%A0%B4%E3%81%AE%E7%A7%91%E5%AD%A6%E3%80%8F%E5%8B%9D%E5%88%A9%E3%81%B8%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B4/

七十年目の鎮魂歌(書籍版) 菊地喜久子著 菊地英宏編 5月25日に発売

戦中戦後を必死に生きた16歳少女の切なる体験記!70

 

 

 

 

昭和20年5月25日の東京(山手)大空襲で命を奪われた母と幼い妹たち、そしてすべての犠牲者に宛てた鎮魂の書。

数多くの慟哭・苦難を経て再会する残された家族、しかし戦後の混乱に翻弄され、生き残るために繰り広げられる生々しい葛藤と衝突。

従前の体験記と異なる、「美談」に終わらないその赤裸々な描写。

それだけに、人々の素朴な助け合いや、博愛を希求する修道院附属病院の修道女の振るまいが美しい。

平和を祈る当時16歳の少女の手記が現代人の心を打つ!

慧文社の紹介サイト

ホロコーストの総括が甘いのはどちらだ。細野豪志の事実認識を糾す!

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http://srid.publog.jp/archives/1056302714.html

産経ニュース2016.4.25 12:00の記事「政治家よ、GHQに植え付けられた自虐史観にいつまで囚われるつもりなのか?」を読んだ。同記事の要約は以下の通り、

サイパン陥落後、日本軍の海空戦力は、ほとんど失われており、それ以降は米国による一方的な殺戮が行われた。

これは、人道上、許されないことであるのに、国会議員の認識は甘い。2015年3月10日民主党の細野豪志政調会長は、東京大空襲について「国策の誤りを反映した結果だ」と述べて、

ホロコーストを引き合いに「ホロコーストを全体としてしっかりと総括しているのがドイツだ。わが国が先の戦争で自国民はもちろん、周辺諸国に対して大変な被害をもたらしたことについて真摯に反省することは重要だ。残念ながら今の安倍政権を見ているとそこに疑念を持つ。戦後70年を迎えるにあたって心していかなければならない」

と述べた

筆者は、細野豪志に対して、怒りを通り越して呆れた。

ホロコーストとは、大量虐殺を指す。特に大勢の無辜の民を焼き殺すことはホロコースト本来の定義に忠実な使い方である。

つまり、本来のホロコーストの意味では、米軍こそがホロコーストを行ったのである。

この件に関して、米国には一切の弁解の余地がない。

彼らがその蛮行を正当化しようと持ち出す、

1.戦争の終結を早めた

2.日本の工業力を破壊するためだった

は、いずれも稚拙な嘘であり、それを正当化することに加担することは、ナチスドイツのガス室を肯定するような愚かで、許されない振る舞いであることをここに書き記しておこうではないか。

1.2.とも実は、一つのことを指摘すれば事足りる問題である。

つまり、戦争における生産系は直列系を並べた並列系であり、どの直列系の最後にも必ず大規模工場が鎮座する。戦闘機工場や、造船所である。

これらの大規模工場は、B29を使っても、十分直接攻撃が可能なほど大きな標的であり、周辺を巻き添えにする正当性など全くないのである。

このように指摘すると彼らは、以下のように反論するかもしれない。

「日本の工業力の大半は下町の小規模工場である」

このような答えを返すのは、統計にとらわれた愚か者の発想である。

例えば、航空機。それぞれの部品は町工場で作ることが可能だし、実際にそれは行われていたことだ。だが、それを組み立てて、飛べるものにするためには、広大な敷地を必要とする航空機組み立て工場が必要である。また、その最終工程に位置する大規模工場こそが、最も再建が困難な、重要目標なのである。

言い換えるとそこさえ、破壊すれば、他の町工場など何の役にも立たないのである。

従って、そのような直列系の中に鎮座する大規模工場さえ狙えば、日本の工業力を破壊する目的は達することができるにも関わらず、

絨毯爆撃を行った

のは別の目的があったからである。

つまり、人間そのものの殺戮である。

従って、アメリカ合衆国による絨毯爆撃は、その動機と行動、結果すべてにおいて、ナチスドイツのホロコーストと並び論ぜられる、“立派な”ホロコーストなのである。

ところで、「国策を誤った結果」とこのホロコーストを正当化する御仁は、きっとナチスドイツにいたら、「相手国が国策を誤った結果」とホロコーストを正当化するのだろうと思う。

国策を誤ろうがどうしようが、

一般市民を無差別に焼き殺すことを正当化することなど、いかなるものにもできないことは明らかである。

憲法はじめとするすべての法律は、なぜ存在するか

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法律はなぜ存在するか。

山口多聞記念国際戦略研究所 菊地英宏

週刊SPAによると、1月19日、14時から衆議院第一会館地下会議室にて、「憲政の常道(立憲政治)を取り戻す国民運動委員会」(略称・民間「立憲」臨調)の発足記者会見が行われた。

同記事によると小林節氏は、

「戦争法案が動きだしたときに、我々は何度もあらゆるところで公開討論を要求しました。でも彼ら(安保法制賛成派)は出てこないんですね。出てこなくて、そして、我々の発言者を1人づつ言論の場から退場させる動きをしてきた。それに対しては本当に私はすごく腹が立っています。ですから、これからも公開討論を提案していきたいと思います。マスコミの方たちもそれを覚えておいて、(彼らに)『言ってたよ』と伝えてください」

と発言している。

記者会見の冒頭に「我々は政治運動をするつもりはありません」と述べた小林節氏本人が、“戦争法案”という言葉を使うあたりは、やはり、杜撰な仕事をする人間だということを筆者は再認識したが、以下の小林節氏の発言は、学者の発言とは思えないので、取り上げることにする。小林氏は以下のように述べている。

『憲法とは主権者の国民が権力者を縛るもの』と言った途端に、

『あ、私たちはそういう憲法観は取りません』とスポーンと話が飛んじゃう連中がいる。これはただの無知蒙昧ですから、

そういう人たちとは公開論争で一戦を交えることは試みますけど、そういった人たちはさすがに(民間「立憲」臨調にはお声がけしませんでした。それ以外の人たちは、かつての私の論敵もお声がけしています」

果たしてそうだろうか。彼は、法律や行動規範がなぜ生まれたのか基礎的な生物学的見識を持っているのだろうか。僕は、著しく疑問に思う。

生物学的な人間の生存戦略を抜きにした法律論争は、学問的真理にそもそも基づかないので、単なる小学生の遊びであって、学問ではない。

結論から言うならば、法律や行動規範といったものは、憲法も含めて、遺伝子群を構成する個体すべての行動を制約する。これは、群れの行動をある程度コントロールすることによって、遺伝子群の生存確率を上げるための生物の一員としてのホモサピエンスの選択である。従って、憲法や法律により制約を受けるのは群れの構成員全員であり、そもそも、憲法はじめあらゆる法律体系は権力者の行動を国民が縛るためのものではない。

法律がそもそも、何のために存在するか考えると、

なぜ、殺人をするといけないか。という問いに対する答えも容易に見つけることができる。

殺人が、法律で禁止されるには、生物学的な裏付けがあるのである。

それは、

生存繁栄のためのエネルギーを無駄遣いする遺伝子群(群れを構成する遺伝子)は滅びる

という原則に対応したものである。

このため、必要以上に好戦的な遺伝子は、法律によって、人間社会から排除される。

したがって、遺伝子群の利益に合致する殺人(例えば、戦争行為で敵を倒すことや、犯罪者の犯罪行為を阻止するために警察官が犯罪者を射殺すること、正当防衛など)は、

法律的にも肯定されなければならない行為

である。したがって、法律はそのように構成されている。

つまり、法律にそれが書いてあるので、そのような制約があるのではなく、生物学的な遺伝子群としての国民の生存戦略に適合するように法律を書き、そして、効力を与えているという認識こそが正しいのである。

つまり、全ての関連する法律は、主権者を構成する遺伝子群の生存と繁栄を補助するために存在しているに過ぎない存在である。

なぜならば、群れこそが、全ての法律に効力や力を付与している力の根源であるからである。

従って、小学生の遊びではなく、本来の学者ならば、以下の問いに即座に答えることができないといけない。

憲法を含めたすべての法律の条文は、直接的に群れ(遺伝子群)全体の生存権を侵害することができるか?

答えは、できないである。

全ての法律に力を付与しているのが主権者全体(遺伝子群)であって、その全体の生存権を直接的に侵害する条文は、如何なる、正当な手続きを踏んでも定めることができない。

という認識を持つことが正常な学者としての判断である。

このように考えれば、憲法9条について、学者が展開すべき神学論は、明らかであるように思う。

生物学的に、生存に適した法律を持たない群れは滅び、そして、適した法律、行動規範を持つ遺伝子群が生存してきた。このため、すべての法律が存在するその存在意義は、群れの生存である。従って群れの生存権を否定する法律や憲法は、いかなる手続きを経ても制定できないことは、自明である。

このことは、さらに深く考えると、法律が法律として存在するための守るべき三要件として提起することができる。

それは、

ⅰ)すべての法律は、群れの生存権を直接的に侵害してはいけない。

ⅱ)すべての法律は、群れの多数が望めば、変えることができなければならない。

ⅲ)すべての法律は、自然界の法則に反してはいけない。

この三要件を満たさない法律は、如何に正当な手続きを経たように考えられても、定めることはできないし、仮に定めても効力が発生することはない。

憲法九条は、国家を構成する日本国民全体の生存権の否定であり、従って、これが、効力を持つことはない。事実、解釈改憲により、日本国家は、独立以降、自衛力を持ち、戦後、9条は直ちに効力を停止されたという認識こそが正しいのである。

即ち、国家国民にとって、群れの生存と存続は、絶対の善であり、その目的のために、すべての法律体系は存在するのである。

このことが「立憲」の方々に理解されないのは不思議で仕方がないのだが、主権者が定めてもいない憲法をもとに立憲主義を説くのだから、その杜撰な論理からは、以上のようなことが理解できないのは、仕方がないと認識するほかない。

 

70年目の鎮魂歌:菊地喜久子著 菊地英宏編 アマゾンキンドルにて発売!

七十年目の鎮魂歌: お母さん、妹たちよ 姉さんは亜米利加を許そうと思います

70年目の鎮魂歌 祖母の菊地喜久子が著した七十年目の鎮魂歌がアマゾンキンドルにて発売になりました。

当研究所代表の菊地英宏も編者として協力しました。

書籍版は来年の2月発売の予定です。

皆さま宜しくお願い致します。

以下 紹介文

本書は、筆者が、70年前の5月25日の東京大空襲で命を奪われた母と妹たちに宛てた鎮魂の書である。5月25日の出来事を軸に、その後再び、残された家族が再会を果たすまでを描いている。その過程で、数多くの慟哭、苦難、断絶に直面する筆者や弟妹達の姿を通じて、我々読者は、戦災死により人命が失われるということの本当の意味を突き付けられる。だが、その中でも、日本の人々の素朴な助け合い、博愛の道を求道する天使病院の方々など、数多くの救いに助けられ、筆者とその弟妹達が、力強く生きていく姿からは、希望がさしている。そして、筆者は力強く語る。「お母さん、妹たちよ、姉さんは亜米利加を許そうと思います」。そこには、厳しい現実を突き付けられ、そして、それを受け入れて生きてきた筆者の筋の通った強い論理がある。しかし、それは、筆者自身が書くように、70年前に米国が日本で行ったホロコーストの正当性を認めるからでは断じてない。筆者による、母や妹たち、そして、生き残った弟妹達への訴えは、悲しみを乗り越え、新しい時代を拓くということや追悼することの真の意味を我々に問うている。

編者

米中対決 10の大胆予測!

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米中対決 10の大胆予測

2015/11/05

米中対決 10の大胆予測

菊地 英宏

山口多聞記念国際研究所代表・首席上級研究員

1.中共軍の人工島の巨大航空基地は、一隻の米空母を上回る防空能力を有さず、むしろ、防空能力はこれに劣る。

2.この人工島の脅威は、人工島の航空基地が、中共の本国艦隊の支援及び、共同戦闘をどの程度受けられるかによる。

3.米海軍駆逐艦による人工島周辺での行動は、2についての中共艦隊の用意を知るために行われている。

4.中共海軍が、原子力空母による本格的機動艦隊をどの時期までに建設することができるか、あるいはできないかが、米中対決の勝敗を分けることになる。油断はできないが、原潜については、中共海軍が米軍に太刀打ちすることは難しいだろう。

5.現代においては、電子戦、電波戦における技術のほうが、すでに公開されている民生技術の転用により、急追することが可能であり、従って、中共は、原子力空母による機動艦隊の建設とそれに搭載する戦闘機及び、対潜哨戒システム(ヘリ及び艦載機)の建設に注力することが最適戦略と言える。

6.対する米側は、中共空母への攻撃は、攻撃型原子力潜水艦と原子力空母の両方が担うことになる。米軍の指揮が適切ならば、中共による対潜哨戒は、米空母艦載機によるミッションキルにより、成果をほとんど挙げることができない。

7.中共地上航空基地に対する米側の攻撃の主力はSSGNが担うことになる。SSGNの搭載するロングレンジの巡航ミサイルにより、中共航空基地は大きな脅威を受ける。また、SSGNは、特殊部隊の侵入作戦を実施することがあり、これも含めて中共地上基地は、複合的な脅威を受けることになる。(SSGN:戦略ミサイル原潜(SSBN)の弾道ミサイル用垂直セルを改造し、多数の水中発射巡航ミサイルを搭載(百数十発と云われる)した原潜)

8.中共の攻撃型原潜は、現状では、騒音のため、中共機動部隊の水中護衛をすることは難しく、通商破壊のような機動的作戦に従事することになるだろう。中共の通常潜水艦は、待ち伏せ攻撃のような、いわゆる移動機雷としての脅威を米国に与えるが、大きな脅威を与えることは難しいだろう。

9.日本が保有するヘリ空母は、シーレーン及び後方地域で、中共の攻撃型原潜による通商破壊及び、輸送破壊のような障害に対処することになる。これは、ひとえに日本側のこれらの艦隊の防空能力に問題があるためであり、中共の機動部隊が進出してきた場合、単独戦闘は困難である。

10.米国が、断固たる姿勢で、大規模な早期の介入をした場合、中共が勝利を得ることは難しいだろう。

 

学問とジャーナリズムと政治、それぞれの本質的役割

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学問とジャーナリズムと政治、それぞれの本質的役割

安保法制違憲の立場の小林節教授が興味深い発言をしている。

産経ニュースより抜粋する。

/*産経ニュースより引用はじめ

http://www.sankei.com/politics/print/150909/plt1509090030-c.html

小林節教授は6月22日、衆院特別委員会においてこう述べている。

「われわれは大学でのびのびと育ててもらっている人間で、利害は知らない。条文の客観的意味について、神学論争を言い伝える立場にいる。字面に拘泥するのがわれわれの仕事で、それが現実の政治家の必要とぶつかったら、そちらが調整してほしい。われわれに決定権があるとはさらさら思えない」

引用終わり*/

神学論争という言葉に飛びついて彼を批判したくなった保守論壇の人士もいると思うが、「利害は知らない」、「神学論争」は、ある意味学者の役割として正しい。

しかし、正確には、「神学論争を言い伝える」ではなく、「神学論争をする」のが学者の一つの役割であり、一つの固定された見解を言い伝える語り部のようなものではないし、もっとも大きな間違いは、

「字面に拘泥するのが我々の仕事」

と言っている点である。

学者が拘泥するのは、

「学問的真理」のみであり、「その一部でしかない字面のみに拘泥する」のは、学者の仕事ではない。彼は、根本的に学者としての役割を誤認している。

学問的真理の核を構成するのは、

「物理、数理的感覚とそこから展開される、生物学的真理、そして、それらに基づく、人間の一人としての判断である。」

その為、生物学的に(その背景を辿って行くと物理的に)なぜ、人間が法律を生み出したのかという学問的問いに“拘泥”できないものは、そもそも、法律を巡って「神学論争をする資格がない」のである。

生物的な人間の生存戦略を抜きにした法律論争は、学問的真理にそもそも基づかないので、単なる小学生の遊びであって、学問ではない。

なぜ、殺人をするといけないか。

という問いを発したドラマなどが散見されるが、殺人が、法律で禁止されるには、生物学的な裏付けがあるのである。

それは、

生存繁栄のためのエネルギーを無駄遣いする遺伝子群(群れを構成する遺伝子)は滅びる

という原則に対応したものである。

このため、必要以上に好戦的な遺伝子は、法律によって、人間社会から排除される。

したがって、遺伝子群の利益に合致する殺人(例えば、戦争行為で敵を倒すことや、犯罪者の犯罪行為を阻止するために警察官が犯罪者を射殺すること、正当防衛など)は、

法律的にも肯定されなければならない行為

である。したがって、法律はそのように構成されている。

つまり、法律にそれが書いてあるので、そのような制約があるのではなく、生物学的な遺伝子群としての日本国民の生存戦略に適合するように法律を書き、そして、効力を与えているという認識こそが正しいのである。

つまり、全ての関連する法律は、主権者を構成する遺伝子群の生存と繁栄を補助するために存在しているに過ぎない存在である。

なぜならば、主権者こそが、全ての法律に効力や力を付与している力の根源であるからである。

従って、小学生の遊びではなく、本来の学者ならば、以下の問いに即座に答えることができないといけない。

憲法を含めたすべての法律の条文は、直接的に主権者全体の生存権を侵害することができるか?

答えは、できないである。

全ての法律に力を付与しているのが主権者であって、その生存権を直接的に侵害する条文は、如何なる、正当な手続きを踏んでも定めることができない。

という認識を持つことが正常な学者としての判断である。

このように考えれば、憲法9条について、学者が展開すべき神学論は、明らかであるように思う。

結論も出たと思うので、ここで、学者、ジャーナリスト、政治家それぞれの立場を明らかにしたい。

学者は、事実の認識、そこから派生する解釈の全てを、自らの把握している事実から展開しなければならない。この点で、事実から派生すること以外は言わないし、余計な影響を受けないという点において、神学論争は、大いにありである。勿論、事実に基づくという前提で、考えるならば、そのルールさえ守っていれば、思想、立場の自由も大いにありなのである。

そして、ジャーナリストは、事実の認識は事実そのものに基づくが、解釈のある程度の自由を有するのである。それは、事実から、そこまで言えないような大胆な解釈を社会の一般大衆は時に必要とし、そして、ジャーナリズムは、この後記述する政治と学問のスムーズな橋渡しをするのが役割であるからである。だから、ジャーナリズムの解釈においては、事実の認識がしっかりしているならば、解釈には、ある程度の自由度があるのである。すなわち、新聞などのメディアは、ある程度の偏りを許されていると認識すべきである。

最後に政治家であるが、これは、政治的な正しさに生きるものであり、解釈だけでなく、事実の認識においても、遺伝子群の生存のためにある程度の自由度を与えられている。つまり、現実の運転手なのである。

これらの役割分担は、実に、システムとしてよくできている。

学問が基準時刻をさし、政治家は、国家国民の生存のために時に時刻を曲げる。しかし、曲げたということは分かっていないといけないため、これらの役割は分かれており、学問は、常に基準時刻を指している。

政治的な「学者」がバカにされるのは、このためである。

基準時刻を曲げてしまったら、本来どうあるべきかさえ、主権者自身がわからなくなってしまう。そしてジャーナリズムの役割は、両者の間のクッション材である。

我々は、このような、本来のあるべき姿をよく理解して、様々な問題に対してあたらなければならない。

 

菊地 英宏

山口多聞記念国際戦略研究所 代表

 

アマゾンにて書籍版「ミッドウェー海戦が示唆する勝利の法則」販売開始!!

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科学の目で、戦争という物理現象へアプローチした数少ない著作です。

ぜひ、ご購読を!!

ミッドウェー海戦が示唆する勝利の法則

以下紹介文

本書は、誤解を恐れずに書けば、戦争を指導できる力量を持つ、安全保障のリーダーを養成するための書である。本書では、この目的のために、科学的な側面から戦争を理解研究するという方法をとっている。本書を記すにあたって、最も注意を払ったことがある。それは、この種の本にありがちな、巨大な条件分岐と分類整理のお化けに本書をしないことである。

例えば、本書では、空母航空戦について論じているが、ゲリラ戦については、特に項目を設けていない。しかしながら、本書を精読すれば、実はゲリラ戦と空母航空戦に通底する考え、思想が、分散と集中の概念からもたらされ、その根拠は極めて、科学的なものであることがわかるはずである。もし、本書を、従来の戦略書のように巨大な条件分岐と分類整理のお化けにしてしまったら、空母航空戦とゲリラ戦に通底する偉大な太古からの思想に多くの読者は気づくことがなく通過してしまうだろう。

従って、同じ理由から、本書は、局地戦について特別のコーナーを設けていない。本書は、あくまでも、総力戦を構成する科学的原理に基づいて記されているが、しかし、その思想は、局地戦にも十分に応用可能なものである。科学とは、とてもシンプルかつ合理的で、連続的なものなのだ。そして、それゆえ、それを使いこなすことができれば、非常に強力なツールである。本書を精読すれば、読者の脳裏には、多数の戦力を表す点と、それを生み出す工業力の点が広大な戦場でどのように振る舞うか、その点の動きと相互作用が浮かぶに違いない。

このような思想は、本書の中で徹底的に貫かれている。本書では、戦争をシミュレートするコンピュータプログラムのアルゴリズムが記されているが、実際に動作する形のプログラムは付記していない。もし、それらを記せば、本書の多くのページをwindowsやunixのシステムや、コンパイラシステム、ライブラリ、そして、コンピュータアーキテクチャについての解説に充てることになり、そして、それは、読者諸氏にとっても本質からそれた必要のない情報が多いという点で非生産的な結果しかもたらさないだろう。従って、本書は、戦争をどのように、科学的に理解し、そして、科学的に解剖するかという点に焦点を絞っている。このため、それらの知識を求める一部の読者には、物足りないと感じるかもしれない。しかし、本書は、あくまで、戦争という現象を科学的に解剖する方法を知ってもらうために記したものであり、これらの、いわゆるツールやデバイスに依存する部分の解説は、他書に譲るべきものであることをご理解いただけると幸甚である。

筆者

<<集団的自衛権をめぐる不毛な議論をただす2 >>

平成27年 7月11日

7/12 sridブログリリース(sridブログ該当記事

菊地 英宏

集団的自衛権を危険視する議論が激しい。

違憲であるという神学論争から始まり、徴兵制に繋がるとか、自衛隊員のリスクが増大するなど非常に愚かな誤解に基づいた議論が広がっている。

そこで、集団的自衛権をめぐる議論を交通整理しようと思う。

1.集団的自衛権は、軍事的負担の低減を目的としている

現代社会においては、戦力を含めた、多くのリソース(資源)は国家単位で管理されている。このため、この垣根を越えることは、容易ではない。たとえば、ある国で、起きている紛争がいずれ、自国に飛び火したり、敵対勢力が拡大したりして、いずれ、自国にとって脅威になることがわかっていても、さまざまな条件を乗り越えなければ、これに早期に対処することは、難しい。

だが、日本においては、国際的な連携の難しさと言う、本来の障害の手前に、憲法と言う壁があると従来考えられてきた。

本来、ある、共通の敵に対処する際に、各国が国家単位を乗り越えて、リソースを共有できれば、戦力の逐次投入や、各個撃破を避けて効率的に敵を排除できることは明白である。

これは、

部分的な最適の積み上げによる戦果 < 全体的な最適化を施した結果による戦果

と言うことであり、当たり前のことである。

これは、あからさまに言ってしまえば、共通の敵に対処するためには、同盟国ができるだけ協力し合ったほうが、犠牲をもっとも少なく抑えて敵を抑止することができることを示している。

つまり、集団的自衛権を行使しないで、共通の敵に対処するためには、より多くの犠牲と、より多くの戦力が必要であることを示している。即ち、集団的自衛権を行使しない前提では、より多くの冗長な戦力と、より多くの冗長な犠牲が求められることを意味している。

一言で言えば、効率的な戦力リソースの移動と行使ができない制約下では、犠牲の拡大と負担の増大は、不可避である。この現実がわからない人間は、国政を司る資格はない。

2.(徴兵制をはじめとする)文民の兵士としての投入は、効率よりも、戦力を最大値にすることを優先しなければならない事態の発生を意味する。

 文民を兵士として投入すれば、効率が悪い。

当たり前のことである。

だが、例外的に文民を投入しなければならない事態も存在する。それは、はっきり言おう。外征ではない。本土決戦である。お分かりであろうか。

文民は、その性質上、内地で、生産活動に従事していたほうが、生産的であり、より多くの戦力を生み出すことに繋がるという点で、戦場が外部にある場合は、戦争に勝つという目的に合致する。これは、何も軍事産業に限ったことではなく、サービス業なども、民間リソースの最適配置に貢献する産業であり、そして、それは、即ち、生産力の維持、向上に貢献するため、戦争に勝つためには、文民には、内地で、経済活動を行っていてもらったほうがよいのである。

しかし、例外が存在する。敵が内地に侵入し、もはや、経済活動を維持することができず、内地の安全を確保しなければ、それらの人がまったく戦争に貢献できなくなってしまう事態が発生した場合である。

つまり、本土が戦場と化したときである。そのときは、皆が銃を取らなければならない。

一言で言えば、戦争に負けるような事態が発生した場合、すべての人間の安全が脅かされるということである。

3.集団的自衛権の否認をはじめとする過度の安保上の制約は、自衛隊員だけでなく、国民全体のリスクを増大する。

我々は、もう一度、再確認する必要がある。自衛隊が危機に対処できるようになることがリスクなのではなくて、危機に対処できずに、戦争に負けることがリスクなのだということを。

戦争に負ければ、自衛隊員のリスクはもちろん、文民のリスクも増大し、殺害の可能性すらあることを認識しなければならない。

現に、敗戦後、連合国の手によって、多くの国民が、形だけの裁判で死刑にされたではないか。占領軍にとって一般人を処刑する口実など、いくらでもあり、イラクの一般市民が、テロリストと間違われて、処刑される確率を考えれば、わが国が外国に占領されることを許すことなど到底考えられないことがわかると思う。

つまり、集団的自衛権などで過度な制約を設けた結果、戦争に負ければ、そのリスクは、もっとも大きくなることを意味する。

4.法律の自動運用を前提とした国家は、そもそも、成立しない

一部の、野党をはじめとする、自衛権の行使に過度の制約を設けようとする人間たちに共通する感覚は、「法律を厳格に定め、それが、自動的に運用されていることが理想的」という感覚である。

したがって、彼らは、解釈の変更を含めて、動的な運用を一切認めないのである。

そもそも、彼らが言うように、具体的な事態をすべて、特定し、具体的な対処をすべて法律の中に書き込むことが可能であるならば、

“解釈や判例は一切必要がない”

のである。

解釈や判例があるのは、そもそも、

“解釈や判例によって法律の意味がある程度変わる”

からである。

法律とは、そもそも、解釈や、判例によって意味がある程度、変わるように柔軟性を持って作るものなのである。

ある程度の制約と、ある程度の柔軟性、その両立を求めた結果が、解釈や、判例なのである。

これは、法律は、即座に変えられるものではないため、ある程度の幅を持って決めておき、状況によって、運用者の合理的判断が入る余地を残すためである。

5.このような判断は、すべて、法律や、それに基づく、国家の構築は、物理的な意味でシステムを如何に効率的に組むかと言うシステム構築学の領域であるからだ。

憲法に必要な要件は1つしかない。

ⅰ)その国の国民の利益に忠実であること。

そして、そこに生物学的な法則、遺伝子群は、生存と繁栄を求める。が加わると、憲法にかけることには、少なくとも、二つの制約が加わる。

a) その国の国民が変えようと思ったとき、合理的手段で憲法自身を変えられること。

b) その国の国民以外の意思で、憲法が変えられたり、国民の生存権が脅かされたりすることを物理的に阻止できる正当性を付与すること。

そのほかのことも、大まかにⅰ)と、“遺伝子群は生存と繁栄を求める”から、導くことができる。

つまり、憲法や、法律は、自由に書けるようでいて、実は、そうではない。

社会の物理層(フィジカルレイヤ)の制約に従わなければならないからだ。

憲法九条は、b)の原則に反している。

よって、これは、条文として何度書いても、それに効力が発生することはない。

したがって、これ(九条)に反しているか、議論することは、そもそも、法律論として無意味である。

本来、このようなことが議論できることが、“憲法学”であるべきである。少なくとも、学問、科学をなのるのなら、そうすべきであるが、きっと、科学的でない、何かをしているということなのだろう。

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菊地英宏

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